4月 19 2011

福島第一原発の行方

Published by at 23:04:51 under 放射線について

福島第一原発の工程表が発表されました。少し見通しがたったような気がします。少なくとも大爆発を起こすようなことはあまり心配しなくても良いのでしょう。

東京電力のHPから、動画や写真がダウンロードできます。昨日の時点では英語版では見ることができるのに日本語版では見ることができないとネットで評判になっていましたが、 今日見ると日本語のページでも見ることができるようになっています。

私は外科医であり、放射線の専門家ではありません。ただ、大学院時代は放射線腸炎の研究をしており、マウスや細胞にガンマ線を照射する実験を延々と行なっていました。大学院生の実験なので、そう何年間も観察し続けることはできず(在学中に論文を完成させなければならないので)、試行錯誤を繰り返し、ガンマ線を腹部に照射して20週とか24週でマウスの腸管を観察するという方法をとっていました。線量も、低線量から高線量までいろいろ試しました。

また、今日も透視下の処置をしましたが医療従事者として日常的に放射線を浴びています。もちろんこれはガラスバッジで線量を管理することになっています。

したがって、放射線とか放射能というものがどんなに微量であっても有害であるという考えでいるわけではありません。そもそも生体はある程度のストレスには耐えられるようにできており、場合によっては適度なストレスがその生体をより強化する(トレーニング負荷により身体能力が向上する、というように)こともあり得ると思います。

ただ、妊婦や赤ちゃん、小さい子どもへの影響はよくわかりません。また、現地の住民の方々が実際にどれくらいの放射線を浴びているのかを把握するために、ガラスバッチを配布されているわけではなさそうです。つまり、私は現地の放射線が住民の方々にとってどの程度危険なのかどうか判断する基準を持ちません。

また、内部被曝のことも問題になっています。実は、3月11日以降、出荷制限になる前に、食材の宅配サービスで送られてきた北関東産のほうれん草をちょっと悩みつつ、綺麗に洗って食べてしまいました(その後出荷制限で関東のお野菜は来なくなりました。また最近制限解除になったようです)。しかし、一回くらいはいいとしても、うちは小さい子どもがいるので日常的に福島第一原発の近くの野菜や牛乳を敢えて購入したいとは思いません。

生産者の方々には大変申し訳無く思います。もちろん生産者の方々は被害者であり、何の落ち度もなく、せっかく作ったものを何とかしたいというお気持ちは想像するに余りあります。絶望のあまり自殺された農家の方もおられます。本当に申し訳ないです。しかし、普段から低農薬とか無農薬とか有機とかなるべく安全な野菜を、と考えているのに基準値以下だからといって放射性物質がついたものをわざわざ食べる気にはなれません。

したがって、国民全体の健康を守るという観点から国が出荷制限をすることはやむを得ないと思います。おこってしまった原発事故の被害を拡大しないために、そして現地の農業を守るために、国は信頼性を揺るがすようなことをしてはならないのです。

しかし、今回、野菜などの放射線量を測定するのによく洗ってから測定することになっているのだそうです。それでは意味が無いと思います。今までの厳しい基準値のまま、今までの測定法のまま、それでも安全であるものだけ出荷することで信頼を維持できるのであって、どさくさにまぎれていろいろな基準をいい加減に緩めてはならなかったのです。

国の方針は間違っています。中途半端に安全宣言を出してもかえって不信感を生むだけです。ちゃんと洗浄前の野菜の放射線量を測定して判断し、農家の方や自治体などから要望があっても(申し訳ないけれども)、基準値を越えるものは一切出荷させないという方針をとるべきだと思います。国は悪者になっても、国民の安全と生活を守らなければなりません。そのかわり、お金で保証するべきです。消費者を騙すようなことをするとかならずしっぺ返しが来ると思います。

指導者たるもの、悪者になることを恐れてはなりません。

一方で、つくば市が福島第一原発の事故で福島県から避難して転入する人たちに、放射能汚染の有無を確認する検査を受けた証明書の提示を求めていたなどという馬鹿馬鹿しい話もあります。放射性物質が付着するような環境におられたとしても、着替えてシャワーを浴びてしまえばよい話です。福島県からの転入者に対する子どものいじめなどの話も聞きましたが、放射線(放射能?)がうつるとか非科学的なことを周囲の大人が言っているのでしょうか。

我々は原子力とか放射線についてもっと一般教養として勉強する機会を持つべきでした。原子力発電所が本当に安全なのかとかそもそも本当に必要なのかとかそういう議論をすることなく現在まできてしまいました。国や電力会社に安全です、安全ですと言われて「そうなのか」と思っていただけで、本当に安全なのかどうか検証していませんでした。根拠のない希望的観測も何度も聞かされると既成事実のようになるものです。

医療や生物を扱う人と、原子力や物理を扱う人ではかなり原発事故後の放射線(放射能)に対する発言傾向が違うと言われています(前者はやや楽観的、後者はやや悲観的な傾向があるということです)。この大きな溝を埋めて、さらなるディスカッションが必要だと思います。

個人的な考えを言えば、やはりこの便利な生活を支える電力を確保するためには原子力発電所は必要なのかもしれないと思います。ただ、今回その安全対策がかなりお粗末であったということが露呈しました。また、「絶対安全」というお題目のもとに事故が起こったときの対策というかシミュレーションをしていなかったのではないかと思います(たとえば、冷却用の海水を空からヘリで撒くなんて、ミッションに参加された方は命がけなのにその効果はどうみても焼け石に水という印象を否めませんでした)。周辺住民の避難もしかりです。事故が起こったらどの範囲の住民をどのタイミングでどれくらいの期間避難させるか、など全く考えていなかったのでしょう。

どの問題にしろ(我々の領域である医療にしろ)、日本人は議論することなく、勉強することなく、リスクとベネフィットを天秤にかけて判断を下すということを避けて生きてきたのだと思います。自分が悪者になりたくないという心理なのでしょうか。

この震災は我々日本人の生き方、問題に対処するアプローチの仕方を一変させる一大転機になるのではないかと感じています(また、そうしなければならないと思っています)。

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