2月 07 2010

アクセスとコストとクオリティ

Published by at 22:49:27 under 未分類

日本では、医療へのアクセスはほとんどフリーに近い状態です。受診したいと思えばたいていのところでその日のうちに受診可能です。待ち時間が長いということはあっても、基本的に医者に診てもらおうと思えばその日のうちに診てもらえます。診療時間外でも時間内と同じように診てもらって当然と思っている方々も一部におり、いつでもどこでも医療にアクセス可能であるべきというのが社会の暗黙の了解事項なのでしょう。

さて、一方でコストはかけたくない、医療費が増えるのはよくないと思っている人も多いようです。診療報酬を増やすこともなく、医師や看護師の配置を増やすとか当直料、時間外手当をきちんと支払うとかいうこともずっと怠ってきました。医師の長時間連続勤務を当然のように放置してきました。

アクセスが自由で、医療費が出来高制であれば医療費がどんどん増えるのは当然なのですがその自明の理をなかなか認めていただけないようです。

さらに世間は医療にクオリティを求めます。医師に診てもらってさえいれば、病院に通院してさえいれば、すべての疾患についてチェックしてもらえて、すくなくとも病気で死ぬことはないと大いなる勘違いをしているのではないかと思うくらいです。人は必ず死にます。医療はそれを少し先延ばしする「可能性がある」というだけです。過剰な期待はよくありません。

医療費を減らすには、国民が医療へのアクセスが不便になることか医療のクオリティが下がることを受容しなければなりません。コストは減らしたいが、利便性と質は維持したいというのはどだい無理な話です。日本の医療も崩壊しつつありますが、医療文化もおかしくなってしまっています。日本人の健康観、疾病観、死生観が変な権利意識によって崩壊してしまったのではないかと思います。医療文化の立て直しが医療の立て直しに先んじて必要ではないかと考えています。

One response so far

コメント(1) “アクセスとコストとクオリティ”

  1. 久保on 08 2月 2010 at 10:20:52

    医療現場では、よくあることですが、
    「1人暮らしなので、入院させてやって。。」
    と、関係者の方がおっしゃいます。

    病院機能では抱えきれない問題ですが、この解決方法はいまだに答えが出ていません。
    本来は行政の問題です。
    病院がいわゆる「駆け込み寺」のような機能を期待されています。
    でも、突き放すだけでは、医療の不信を生み出すだけのようです。
    行政と医療はよく話をしないといけないですね。

    「私は仕事があるので。。。」
    ご家族からよく聞く言葉。
    病気のときくらい、もっと家族に付き添ってあげてほしい。
    職場はもっと個人の生活を大事にしてやって欲しい。

    いろんな場所で話し合いが必要です。

    『これから日本人のありようをどうするのか?』

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