1月 23 2010
家事・育児とは
医療ガバナンス学会が発行しているMRICというメルマガがあります。いろいろな医療問題について様々な立場(そのほとんどは医師ですが)から投稿された内容になっています。
前回と今回は横浜市大学附属病院神経内科の鈴木ゆめ教授の投稿でした。
前回は女性医師をはじめ、フルタイムで働く女性にとって最大の課題は、「家事」「育児」であり、これらの業務を得意とする人たちに代行してもらうことは社会全体の分業であり、雇用も内需も拡大する可能性があるという主張でした。
しかし、この主張はとある大手新聞社に掲載予定の原稿だったにもかかわらず、結局没になってしまったというのが今回の話題でした。
内容が問題なのではなく、医学部教授という社会的な成功者が「お手伝いさん」に関して云々すると読者から強烈な反発がくるという理由だそうです。
担当の記者は頑張って抵抗してくれたそうなのですが、最終的には没にされてしまったということです。この原稿を没にしたその新聞社の上層部は様々なプロフェッショナルの仕事の中でも家事や育児をプロとする職種を心のどこかで軽く見ている可能性があります。効率を考えて様々なサービスをその分野のプロにアウトソーシングするのは企業であれ個人であれ当然の判断だと思うのですが。
この新聞社だっていろいろな業務をアウトソーシングしていると思います。会社の掃除など、清掃会社に委託していないのでしょうか?
一部でも家事や育児をアウトソーシングすることで我々女性医師が勤務を継続できるのであれば、家事代行であれベビーシッターであれ保育所であれ託児所であれ、感謝しつつその道のプロを利用させていただきながら粛々と勤務を続けていくだけのことです。女性医師が仕事をやめてしまう(もちろん心から望んでそうするのなら構わないのですが)よりは人材の活用、雇用や内需の拡大につながるというのも論理的に何の問題もないと思います。
件の新聞社はもしかすると 「家事や育児といったunpaid workそのものを軽視している」のかもしれません。少なくとも読者の反発を招くのを不必要に恐れて現実を直視することから逃げているように思われます。
教授(あるいはそこに至る過程の女性医師)がお手伝いさんを雇うのは社会的に反感を買うことなのでしょうか?教授に至るまでの過程ではかなりの業績を上げてきたと推察しますが、その激務のなか、家事や育児を一部外部委託することに何の問題があるのか私には全く理解ができません。 仮に一部の読者に反感を買ったとしても、
「そこまでしなければ医師としての勤務を継続しがたい」
「そこまでしても勤務し続けたいと考えている女性医師がいる」
「いまだに女性が家事や育児の多くの部分を負担せざるを得ず、それは女性医師の家庭においても同様である」
という事実を伝えることは必要だと思います。
実際のところ、保育料や家事代行・ベビーシッターの費用を考えると一般の勤務医の給料ではワーキングプアに陥る可能性があります。働いてもお金は手元に残らず、家事や育児を手伝ってもらうための費用をかせぐために働いているようなものだと話す女性医師をたくさん知っています。
医者の給料が高いと思っている人は世の中にたくさんいるようですが、少なくとも勤務医でそんなに多く稼げるものではありません。給与明細をよく見ると、基本給はさほど高いものではなく、時間外手当等でかさ上げされており、時間的に制約のある女性医師はそんなに高給取りではありません。
私自身、家事や育児といったunpaid workに時間と労力をとられ、その一部はアウトソーシングしながら(1日2時間30分、ベビーシッター兼家事のお手伝いをしてくれる方をお願いしています)も同僚の医師と同じようには働けないのです。そうして得た給料はそのまま家事・育児のアウトソーシング費用に消えていきます。
それでも医師として勤務し続けることに誇りを持って何とかやっています。第一線の現場の片隅に何とか踏みとどまろうと頑張っているところにこういう新聞社があると聞くと気持ちが萎えてしまいます。
家事、育児も自分でしかできないところと外注できるところを上手にわけて、割り切ることを後輩の女性医師には勧めたいと思います。自分が2人に分裂できない以上、誰かに仕事を分担してもらうのは仕方のないことではないでしょうか。

私も、このメール記事は読みましたが、少し異なる意見です。
複雑な問題を簡単な方法論で済ませてしまっていると思います。
「女性」医師という職業、これを完結させるために、「家事手伝い」というワークシェアーは、一方向的に過ぎると考えるからです。
「家事手伝い」というワークに対する眼差しがはっきりしません。「女性」医師という職業の下位にあるかのようになってしまっています。すべての「女性の」職業(となりうる職業)が、弱者を作ることになってはいけません。
この方の論説は、全体に対する眼差しに、まだまだ足りないと感じています。
いかがでしょうか?
「家事手伝い」というワークが女性医師という職業の下位にあるとは私は思いませんし、投稿者がそういう気持ちで記述しているようにはとらなかったのですが、そうとられかねないので記事も没になったということでしょうか。
医療、という分野を請け負っている我々医療者がいて、行政、という分野を請け負っている公務員がいて、教育を担う教師がいて、税務を担当する税理士がいて、、、と、個人がひとりでは習得(実行)しきれない種々の業務をそれぞれの専門家が分業していく、ということの一環で家事や育児の社会的分担もありだろう、と思っているところです。
家事や育児は誰でも出来ると思いがちである点、実際多くの人はほとんど自分でやっていると考えている点が上記の職種と違うといえば違うでしょうか。
山へ芝刈りに行ったり川へ洗濯へ行ったりしなくてもよくなったのは、すぐにガスや電気・水道が使えるようなインフラが整備され、洗濯機が作られて販売されるようになったためで、目に見えないところで家事や育児の代行は進行しています。
昔は個人の家事の範疇にあったものが個人の手を離れた事例はほかにも数えればきりがありません。
代行可能なものは個人の手を離れうる、というだけのことで、それが上とか下とか、価値があるとかないとかいうものではないと思います。
「家事ワーク」が、非正規的で、低賃金(月単位で考えると)となる可能性が高いところが問題だと考えます。そういう意味で、「下位」に属する仕事になりうる点に注意が必要だと思うんですよね。。
私は記事にあるメルマガを読めませんので、上記記事と久保さまのコメントから論旨を推し量るしかありません。なので、不十分なことを承知で、ちょっと異なる視点からコメを入れさせていただきます。
反発を買いかねないとのことで没になったのは、事前検閲のようで嫌だな、と思います。
ただ、社会・・・というより「世間」と言ったほうがいいのかもしれませんが、そこでおそらく反感を買うであろう理由は、上記のようなワークシェアリングが、いかに「我々の給与は高くない」と言ったところで、現在では、個人レベルでのワークシェアを依頼し享受できるだけの収入だけは少なくとも確保できる人間に限られる、という点だろうと考えます。
確かにたとえば、勤務医の給与は、その激務と専門性において高額とはいえない、と私は考えています。しかし他方、大学教員も結構なご身分で収入も高いと見られている職種のひとつだろうと思いますが、その大学教員である私は、正直に、或る病院の後期研修医募集の給与待遇を見た瞬間、度肝を抜かれました。なおかつ、私の現在の収入では、個人で家事・育児のアウトソーシングはとても無理です。
むしろ、給与の高低に関わらず、まさに医師であろうと教員であろうと会社員であろうとなんであろうと、現在の社会で未だ家事・育児を負って当然のように見られる「女性」が特に育児の面でソフト面でもハード面でも均等に享受できる、社会的基盤をつくっていくべきだ、という主張であれば、受け入れられたのではないでしょうか。
医師も大学教員も、自分たちでは誰とも変らぬ普通の人間なのに、と思っていますが、必ずしもそう見られないのです。これも率直に、病院において医師と向かい合うときでも、「大学の先生」とわかった途端に、態度を変えられる経験を何度かしました。外の目、内の目の落差をふまえつつ、可能な限り広い共感を得られる論点を考えること。・・・すさまじく難しいとわかっていて、自戒もこめて書いておりますが・・・。
それにしても、家事・育児、「夫たち」はまず何をしておられるのだろうかなあ、と実はそこも気になるmatsuでした。
コメントありがとうございます。
元の文章は本文中よりリンクできるようにしてありますので読んでみてください。
(前回と今回は~の部分)
反感を買うであろう理由は私にも推察可能です。
ただ、私も新聞の原稿を依頼されて書いたこともありますし、取材に応じたものが記事になったこともあるのでなんとなくわかるのですが、新聞記事というのは必ずしも自分が意図するとおりの文章にはならないということです。
さらに今回は上からの圧力で何回も「ブラッシュアップ」という名の書き直しがあったようですから、何が言いたいのかよくわからない文章になってしまっているようにも思います。
要するに、ワークシェアとかややこしいことを書く必要はなかったんです。自分が働いて家事を代行してもらえば社会にも貢献できる可能性がある、なんておこがましい視点は必要ないわけです。これは新聞社側の後知恵のような印象を私は持っています。
単に、医師の勤務体系は家庭生活とはなじまない、だから誰かの手を借りたいという、ただそれだけの事実を淡々と述べればよいのだと思います。
種々のデータによると、女性医師の配偶者の7割以上が男性医師です。女性医師の配偶者たる夫も家庭生活とはなじまない「医師」の勤務体制の中にあるわけで、夫が家事育児を分担しやすい環境にないというのも事実です。夫だけを責めることもできません。
(ただ、男性医師の配偶者のどれくらいが女性医師なのかというデータはないと思います。おそらくほとんどが専業主婦なのでは?)
まあ、現実問題代行してもらわないと私は勤務継続できないのでどうしようもありません。私の給料では全くの赤字です。何のために続けているのかといえば、ほとんど意地のようなものかもしれません。
ありがとうございました、元記事も拝読いたしました。
結果、私も久保さまと似たようなところでちょっと引っかかります。現状で「家事ワーク」が本当に独自の有意義かつ雇用と収入の成立する「職業」たりうるのか・・・「家庭で支えきれない」とされた介護を社会化した結果が、今どうなったか・・・。
大学でも現状は、独身で深夜までフル稼働できるか、子どもがいないかの女性でなければ、とても働き続けられない状況です。そうなると、庇いあうよりもあつれきが起きます。
結論は容易には出ませんが、女性だけが考えて女性同士で訴えても、おそらくは無理ではないでしょうか。社会はあくまで「男並み平等」を要請するからです。
看護のプロ(2010/2/15)でも書きましたが、「誰にでもできそうな行為における専門性」に対する評価は不当に低くなりがちです。
後輩の男性医師が、もし自分に子どもができても夜泣きをされたら業務に支障が出るから一緒には絶対寝られないと宣言するのを聞いてげんなりしたことがあります。業務でないことにエフォートを割けないということでしょう。
家事や育児にエフォートを割くということにもっと価値を置く社会であるべきです。そうすれば「家事ワーク」が本当に独自の有意義かつ雇用と収入の成立する「職業」たりうる可能性も出てくるのではないかと思います。