Archive for 3月, 2011

3月 31 2011

旧姓併記のパスポート

国際学会に参加するために、パスポートの申請をしました。ずっと旧姓のままでおいていた前のパスポートの期限が切れてしまい、とうとう戸籍名というものと向き合わなければならなくなりました。

外務省としてあまり宣伝はしていませんが、旧姓併記のパスポートというものを作成してもらうことが可能です。ただし、結婚前から結婚後にわたり、Kae Okoshiの名前で国際的な業績があることを示さなければなりません。もちろん私にそんなたいそうな業績があるわけではなく、英文論文が幾つかあるという程度です。
それでも、自分の名前の入った英文論文の表紙(結婚前の日付のものと結婚後の日付のものを2,3ずつ)と、現在勤務先でも旧姓で仕事をしているということを示すために旧姓で氏名が記載されている職員証のコピーを提出しました。

外務省で審査されるということで通常の申請よりは1週間余分に時間がかかりましたが、事前に京都の旅券事務所の問い合わせて必要なものを揃えていったのでトラブル無くスムーズに行きました。

Surname: ABC (OKOSHI)
Given name: KAE

と記載され(ABC部分は私の戸籍名上の姓)、所持人自署の欄は「大越香江」と漢字でサインすることが可能でした(もちろん戸籍名でも可)。

埋めこまれているICチップを読み込んでも旧姓は反映されないのですが、少なくとも見えるところには旧姓が併記されました。

夫婦別姓法案も通りそうにありませんので、しばらくこのパスポートで満足しなければなりません。健康保険証はすでに戸籍名になっていますし、運転免許証も今年更新なので、更新したら戸籍名に変わってしまいます。

少なくとも外務省は、キャリアの途中で姓が変わることの不利益を認識しているわけです。 健康保険証や運転免許証も同じように旧姓併記してもらいたいものです。

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3月 27 2011

第6回かもがわ漢方研究会のご報告

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昨日、第6回かもがわ漢方研究会を開催いたしました。

震災の影響で筑波大学の久永先生が来られなくなってしまったにもかかわらず、いつもとかわらないくらいの参加者数で、私はとても嬉しかったです。リピーターの先生方もたくさんおられました。

共催のツムラさんより、工場の被害状況について説明がありました。我々の研究会ではツムラ側から薬の宣伝をすることはないのでツムラからの挨拶というのもいつもはありません。今回は大建中湯など主力の薬剤を作っている茨城工場で生産に支障が出るほどの被害があったということで、長期処方を控えることでなんとかこの危機的状態を乗り切りたいという支店長からのお話でした。

薬学部の伊藤先生は、いつもは最初に講師の先生がご講演された処方について生薬の話をしてくださる立場なのですが、今回はラボでの研究内容やフィールドワークの内容などについてお話くださることで今回の研究会をもり立ててくださいました。

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伊藤先生はベトナムへ桂皮の現地調査になんども行かれていて、ハノイとホーチミンの桂皮の種類の違いなどちょっとマニアックな話も聞かせてくださいました。また、上等な桂皮は韓国と台湾のお金持ちのところに行ってしまうということも興味深い話でした。日本の場合は保険で薬価ががんじがらめになっているので、高級な材料を使うと漢方製剤の採算が合わないのだと思います。

また、桂皮の甘味と辛味の成分はcinnamaldehyde(ケイヒアルデヒド)だという実験結果、マウスの胃潰瘍モデルに対する抗潰瘍作用についての実験結果をご紹介いただきました。マウスの胃潰瘍モデルは水浸拘束、HCL経口投与、エタノール経口投与、インドメタシン皮下注で作成し、桂皮を混ぜた餌を食べさせたり、ケイヒアルデヒドそのものを与えたりしてその抗潰瘍作用をみておられました。

インドメタシン以外の潰瘍モデルで桂皮の抗潰瘍作用が示されました。NSAIDs潰瘍のみその成立機序が違うのかもしれません。また、ケイヒアルデヒドという化合物単体よりも、桂皮末混合の餌のほうが抗潰瘍差用が強いという結果でした。

その後、抑肝散と小青竜湯の試飲をしました。伊藤先生のところで保管されている生薬から煎じたものです。

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また、ディスカッションでは釣藤鈎(チョウトウコウ)は植物のトゲの部分だけを使用するが、葉や茎とはその成分が違うのかという質問がありました。伊藤先生のお話では、以前生薬学会でそういう発表があり、葉は成分が違うが茎はほぼトゲの部分と成分が同じだということがわかったというのです。それでも、その植物の「トゲ」の部分は一目瞭然釣藤鈎(チョウトウコウ)であるということがわかるので、そういう部分を用いるのが取扱い上便利で間違いがないからトゲの部分を使うのではないかという結論であったということでした。

一見、マニアックな話ではありますが、漢方の品質管理とかトレーサビリティーというのは重要な部分だと思います。とてもおもしろかったです。

またいつか震災が落ち着いたあかつきには久永先生にお越しいただいてご講演していただきたいと思います。それまで我々も頑張っていくつもりですので、皆様よろしくお願い致します。

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3月 25 2011

赤坂プリンスの被災者受け入れ

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グランドプリンスホテル赤坂は、今月末で営業を終了するのですが、その後、東日本大震災の被災者約1600人を受け入れることになりました。解体工事前の6月30日まで、福島第1原発の事故で避難した福島県民を対象に受け入れる方針です。

全715室を被災者に開放し、室内空調や水道、電気を切ることはなく、エレベーターも営業期間と同様に使用できるようにするそうです。

ホテルであればプライバシーも守られますし、ちょっと古いかもしれませんがそれなりの設備もあってしばらくすごすには(自宅ほどではないでしょうが)よい住環境だと思います。しかも東京都千代田区なので、場所も東京のどまんなかです。

私このニュースを聞いて、京都でも同じことができるのではないかと考えました。多分京都の人たちは皆思ったかもしれません。
京都でも、1月にホテルフジタという格式のある鴨川べりの一等地のホテルが営業を終了しています。このホテルはまだ立て壊されることもなく建物がそのままありますので、用途が決定して建て替えないし、改装工事に入る前に被災者(特に福島原発の影響で非難してくる子どもや妊婦さん)を受け入れるという案です。

私はどこにアプローチすれば良いのかわからなかったので、以前から私どものイベントに参加してくださっていた京都府医療課の職員の方、取材に来てくださった京都新聞の記者の方、地元の国会議員である前原誠司事務所宛に自分に考えをメールで送信しました。

京都府の職員の方から直ぐに返信があって、京都府の対策本部にお伝えいただけるとのことでした。事業者側の意向もありますでしょうから、実現するかどうかはわかりませんが・・・京都府としても精華町に立地する「わたしのしごと館」を避難施設として提供できるよう、厚生労働省と調整をしているところだと教えていただきました。また、ご自身も福島県で医療支援活動に従事してこられたということで現地の状況については私よりもよほどお詳しいのでした。

自分の建物でもないのに無責任な話をしてしまいました(持ち主のご事情もあるでしょうに、すみません)。でも、周りの方々にこの話をすると、それは良いアイディアだ、とか自分もそう思っていたと言ってくれました。

原子力発電所のことがありますので、避難期間もどれくらいになるかわかりませんが、ある程度長期間になっても(こちらに完全に転居することになっても)大丈夫な体制ができるといいなと思います。赤坂プリンスにしてもホテルへの避難はあくまでも仮のものでしょうから、「その後」をどうするか考えていかなければならないでしょう。

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3月 23 2011

かもがわ漢方研究会の内容変更について

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3月26日(土)に予定していましたかもがわ漢方研究会ですが、東日本大震災の影響で講師の先生が来られなくなってしまいました。筑波大学も被害を受けているようです。

内容を若干変更し、
第一部:生薬から読み解く漢方3 京都大学大学院薬学研究科 薬品資源学分野 准教授 伊藤美千穂先生
第二部:抑肝散、小青竜湯の煎じの試飲と構成生薬の味見をしよう!!

という二部構成にいたします。
伊藤先生のお話も毎回ご好評をいただいていますので、今回も楽しませてもらえると期待しております。

なるべくイベントを中止したくないという私の希望をツムラさんも最大限に尊重してくれたと思います。ツムラの茨城工場も大きな被害を受けている模様です。

こんな時ですが、こんな時だからこそ我々は前を向いてなるべく今までどおりにやっていく必要があると思います。筑波大学の久永先生にもいつかまたお越しいただけるように、この会を続けていきたいと思いますので、ご声援のほどよろしくお願いいたします。

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3月 21 2011

連休の京都

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3連休だったので普通なら京都も観光客でいっぱいなのですが、やはりなんとなく静かでした。平安神宮の駐車場はいつも観光バスでいっぱいなのですが昨日はガランとしていました。中国人観光客が来なくなったのだと思います。

京都に住んでいると意外と京都の名所を観光しないのです(二条城には行ったことがないし、金閣寺も10年以上行っていないし、紅葉の名所・桜の名所には人が多いのであえて近寄らない)が、平安神宮のあたりは我が家の散歩コースになっています。

昨日は散歩がてらみやこめっせに行ってきました。京友禅の展示会があったからです。この連休に合わせてみやこめっせでは西陣織とかいろいろな伝統工芸の職人さんのイベントなどをやっていました。

残念ながらおそらくはこの震災のあおりをうけて、盛況とは言えない印象でした。 少なくとも例年よりは出足が悪かったと思います。このような大きな災害が起こって、しかも現在進行形である中で、着物を見に行こうとはなかなか思えないのでしょう。

とはいえ、日本の産業全体が冷えてしまってはかえって被災地復興の妨げになりますので、直接迷惑がかからないイベントは粛々と実行していくべきだと思っています(東北電力・東京電力管内でのナイターは論外)。

私自身は和箪笥にたくさん着物を持っているにもかかわらず、忙しすぎて着ることができないということ、単純に収入が少なくて「贅沢は敵だ」状態であるということで新しい着物はここ数年買っておりません。反物を買えば、仕立てるのに裏地やら八掛もいりますし、相応の襦袢、帯も必要ですし、帯揚げ帯締め、草履、かばん、扇子・・・とひと通りのコーディネートを用意しておかないと実際に来て歩くことが出来ません。

逆に言えば反物が売れなくなれば着物関連の種々の産業が衰退するわけです。

昨日は、大学生が主宰した着物のファッションショーをやっていました。着物で乗り降りしやすい自転車の紹介もあり、若い人が着物を着る機会を増やすのはいいことだと思いました。もちろんその着こなしには多少異論もあります(季節感の無さとか)が、そんなことを言っていると多分誰も着なくなってしまうので、この時代に合った着方があるのだと思います。

私の子どもたちも意外とおとなしくファッションショーを見ていました。お宮参りとか七五三とか人生の節目には着物を着せることにしています。私も成人式、結婚式、卒業式(大学・大学院)などでは着物を着ました。大学院の卒業式の時は7ヶ月の妊婦だったのですが、着物で全く問題なかったです。

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こうして日常を過ごせることに心から感謝しています。 原発の鎮静化のために命がけで日々尽力されている方々、被災地の皆様、支援に向かわれた方々、現地で粛々と職務を遂行される方々、本当にお疲れ様です。皆様に少しでも早く安寧の日々が戻りますよう心から祈っております。

少し心苦しい気持ちを抱えながら、それでも自分にできることは今まで通りの生活を送ることしかありません。 首都圏が被災地の有用なバックヤードとして機能できない今、我々がその機能を果たす必要があります。今は体力・精神力を養っておこうと思います。

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3月 20 2011

報道のありかたについて

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地震から1週間が過ぎて、テレビも通常モードに近くなってきました。私はあまりテレビも見ませんし(見ても子ども番組と天気予報ばかり)、新聞を読まない(必要なときだけコンビニで買ってきて読みます)ので、このブログで書いていることの情報源は基本的には直接見聞きしたことと、インターネット経由のものばかりです。

たまにテレビをつければ最近はACジャパンの広告ばかり流れています。あまりにも連続で同じようなものが流れているので、私は耳障り、目障りに感じていました。他の人達も同じように感じていたようで、クレームがたくさんあってACジャパンのHPでは謝罪文が掲載されているとのことです。アクセスが集中しているためか現在アクセス出来ないのですが。
そんな同じものばかり流さなくてもいいじゃないかと思うんですが。しかも説教がましい内容ばかり。

私が一番気に入らないのはこれです。「戦争や迫害で故郷を追われた難民の人たち」に手を差し伸べて欲しいというもの。東日本大震災の被災者を見るにつけ、申し訳ないけど他国の難民よりもまずは同胞を救うのが先ではないかと思ってしまいます(実際同胞をちゃんと助けられていないというこの現実!)。今このタイミングで放映するセンスの悪さにあきれ返ってしまいます。
また、集団で他の地域に疎開する被災者の方々もおられますし、しかも、福島原発の近くに住んでいた人たちはいつ帰れるというめどもないのです。また、BGMが「ふるさと」というのも個人的には腹立たしい。
私は父の転勤で各地を転々としたので特別なふるさとを持っているとは言えませんが、「ふるさと」の歌を習ったのは福島県に住んでいた小学生の時ですし、そのためか歌詞のイメージに近い土地柄として頭に浮かぶのは猪苗代湖とか安達太良山とかです。私でさえそうなのに、原発の影響で故郷を離れなければならなくなったかたがたのお気持ちとしてはどうなのかと深読み(であればよいのですが)してしまいます。

それから、AERAの表紙が問題になっています。防毒マスクをつけた人物の顔に赤い文字で「放射能がくる」という見出しを重ねたものです。恐怖心を煽るとか風評被害を助長するとか言う批判が殺到し、AERAがツイッターで謝罪するに至りました。少なくともこの時期に出す雑誌の表紙じゃないですね。

例えば、コンビニなどで並んでいたら迷わずこちらを買ってしまいそうです。自衛隊や消防隊の方々など、日本国民の期待を背負って危険な任務を遂行している人々の姿が取り上げられたほうが皆の希望になるような気がします。また、デマや混乱、パニックを抑えるのに、一番効きそうです。

政府の発表やテレビの放送内容、新聞などがすべてを伝えているとは私は思いません。多分誰も思っていないでしょう。

原発の方は少し落ち着きつつあるようにも見えます(もちろんその背景には現場で危険を犯して作業を続けてくださっている方々の活躍があってのことです)。無責任な楽観論はいけませんが、なんとなくそういう印象を受けています。

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関西広域連合による京都府への指定も、日本医師会による京都府医師会への指定も共に、福島県の担当となっています。3日ずつ交代で京都府医師会から福島県に医師が派遣されています。会津若松が拠点になっています。私は子どもも小さく、自分の年令を考えるとなかなか現地に行く勇気はありませんが、バックヤードとしてなんとか少しでも役に立てたらと思っています。

そして、日本人がこの震災にどう立ち向かい、どう闘ったか、あるいはだれがどんな行動・発言をしたか、よく見ておこうと思います。

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3月 17 2011

物不足と買い占め

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東日本大震災で、医療現場で困っているのは薬とガソリン不足です。いずれも量が不足しているというよりは物流の問題です。

ガソリンが不足するために医師や看護師も通勤ができず、少ないスタッフで病院に泊まりこんで何とか病院を守っているところもあります。その責任感に敬意を表したいと思います。患者さんもガソリンがなくて通院ができないということもあるようです。

京都に住む限り、大きく物不足を感じることはありません。しかし、よく見ると物資を被災地に回しているためか、供給する工場の被災や物流の問題か、それとも静かに買い占めている人がいるのか、商品棚が品薄になっているものもあります。

私も正直言って気になります(小心者なので)。小さい子どもたちがいるので、不自由な思いをさせたくないという気持ちもあります。それでも、今のところ食べるものに困るという状態ではありませんし、いつも以上の買い物はしないと決めています。そしてなるべく保存食ではなく生鮮食品を買うようにしています。生鮮食品は被災地にまわらないからです。

静かに淡々といつもどおりの生活を送る努力をしようと思います。心が揺れるときは、近所の警察署に掲げられている半旗を思い出して、震災に際して職に殉じた方々・被災された方々のことを思い、雑念を振り払うことにしています。もっと街中に半旗を掲げればいいのにと思います。顔向けできないようなことはできなくなるでしょう(そういえばYahoo Japanのトップページも半旗になっていますね)。

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3月 15 2011

職務を果たすこと:東日本大震災

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東北地方太平洋沖地震の現場ではさまざまな人たちが頑張って自分の職務を果たしています。警察の殉職者が6名、行方不明者が27名という報道がありました。中には、非番であったのに自分から進んで避難誘導にあたっていて亡くなった佐々木淳史巡査(23)のような方もおられます。心よりご冥福をお祈りします。

警察や消防以外にも救助活動あるいは原子力発電所の作業に従事し被害にあっている方々もたくさんおられます。危険をおして命がけで頑張ってくれている人たちがどういう気持でおられるのか、心中を思うといたたまれない気持ちです。また、県や市町村の職員の方々も自分自身も被災者でありながら地域の住民のために不眠不休で働いておられると聞いています。彼ら彼女たちにも家族がいて友人がいて内心心配なはずです。

DMATで各地から応援のために入った医療チームもいます。検死のために現地入りするドクターもいます。

軍隊が嫌いな人も多いかもしれませんが、こういうときに自律して動けるのは軍隊です。
アメリカ軍がその活動内容を公開しています。音声もあり、かなりの緊迫感を伝えつつ、しかしこの任務がいかに重要なものであるかを知らしめようという作りになっていると思います。

一方で自衛隊はこんな感じです。(写真集はこちら)かなり地味です。
広報まで手が回らないのかもしれませんが、もう少し人々を鼓舞するような作りになるといいなあと感じています。遠くからでも彼らのことを心配し、心から応援を送りたくなるような、救助の手を待つ人々の希望の光になるような、実際に危険な任務に赴く人々の心の支えになるようなそういう「絵」を配信してほしい。そう思います。

それはテレビなどのマスコミにも言いたい。不安や恐怖と闘いながら黙々と職務に就く人たちを心から応援し、その心の支えになるような報道を期待します。そしてそれが救助を待つ人々にとっても、遠くから見守る我々にとっても精神衛生上よいことだと信じています。

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3月 14 2011

関西圏に住む我々にできること:東日本大震災

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東北地方太平洋沖地震は地震の直接被害のみならず、大津波と原子力発電所破壊という大きな被害をもたらしました。

テレビでは延々と福島の原子力発電所の問題と計画停電の話をしているようです。それより、救助を待っている人の話が最優先なのではないでしょうか。確かに、原子力発電所のことはとても心配ですが、重要事項だけに国家ぐるみの情報操作が行われる可能性もあり、マスコミの報道をうのみにするわけにもいきません。

そもそも節電をしろというのにテレビ局が延々と報道をすることに意味があるのかと思います。局を集約するとかできないんでしょうか。

(そもそも現地の人たちは停電でテレビを見ることができなかったと言います。)

京都に住む私に直接の被害は全くありませんでした。関西電力によれば我々の節電もあまり意味がないようで(周波数の違いなどで送電量に限界があるそうです)、私も過度の節電はやめました。もちろん心掛けは必要なのでいつもよりこまめに消すくらいにしています。

これだけの損害が発生すると、増税は必至ですし、我々の生活にもボディーブローのように負担がかかってくると思います。農産物、海産物の不足、高騰。出るはずだった補助金が切られる(おそらく研究費も)でしょう。

いっそ子ども手当なんてやめてそちらにまわしたらよいのではないでしょうか。たぶん誰も文句を言わないと思います。

私はきちんと寄付金の受付口座が整備されたら寄付をすることに決めています。寄付の先としては日本赤十字と福島県を考えています。父方の実家は福島ですし、地震と津波と原子力発電所という三重苦に加えて今後風評被害が予想されるからです。また、少し落ち着いてから微々たる額ですが、ふるさと納税も考えています(京都には申し訳ないですが)。

被害のなかった我々は粛々と日常業務をこなし、いつも以上の生産性を上げて失われた日本の国力を補わなければなりません。イベントや経済活動を自粛する必要は全くありませんし、むしろいつも以上に頑張ってやっていかなければならないと思います。

今回の被害者の数は昨日くらいから万単位と言われています。今日の午後で発生から72時間になります。救出の可能性が低くなることになります。

ただ、今私が聞いている話だと、被害の状況としては亡くなったか軽傷の方が多いということで、急性期医療としてはそれなりに充足しているそうです。京都からも「災害害派遣医療チーム」(DMAT)が現地に派遣されています。ただ、各地からDMATが派遣されているのですが、現地入りできないチームがあったり、引き上げているところもあったりとまだうまく機能していないようです。

むしろ死亡者数が予想以上に多いために「検視医」が不足しており、医師会を通じて募集がかかっています。京都府医師会からも明日出発するそうです。辛い仕事だと思いますが、死者を看取るということは医師の大きな任務の一つでもあります。死と向き合うことは医師に課せられた課題です。

今後、時間がたてばたつほど慢性疾患の管理や避難生活におけるメンタルの問題、衛生上の問題を中心に支援をしていく必要が出てくると思います。時間の経過とともに必要なことは変わっていきます。

さて、今日も一日粛々と日常をこなしましょう。

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3月 12 2011

東北地方太平洋沖地震・・未曽有の国難に際して

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昨日の地震では大変な被害がでています。亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りしますとともに、救助を待つ人々が少しでもはやく救助されることを願ってやみません。また、救助に当たる方々のご尽力を心から応援し、無事を祈っております。

我々にできることは多分あまりありません。が、傷ついた同胞と国土のために何ができるのかをよく考えて行動しなければなりません。

12日15時現在我々にできることは、ひとつは電力の供給のために節電に心がけることです。 原子力発電所や火力発電所がダウンしています。各地の電力会社から余剰電力を現地に送電するとのことです。私は今パソコンをバッテリーで稼動させています。暖房も消しています。この作業が済んだらパソコンをシャットダウンするつもりです。

(12日23時追記:周波数変換のため、西日本からの送電には限界があるという話もありますが、官房長官が全国民に節電を呼びかける談話を発表しています。備えあれば憂いなしということもありますし節電自体が悪いことではありませんので電力供給が回復するまでは節電を心がけることにします。)

現地では停電のところも多く、しかも病院でも自家発電のための重油を供給する道路が遮断されているため、重油が不足しICUなどで必要な電力の供給が厳しくなるとのことです。また、停電だと電子カルテが機能しないので診療現場はとても混乱していると推察します。

救援物資は阪神淡路大震災の時も保管や仕分けに手をとられて大変だったということですし、また重要な物流を妨げる可能性がありますので我々はむしろ現金を適切な部署に送るのが良いと思います。

ボランティアなど現地に入るのはよくよく検討したほうが良さそうです。自給自足できる軍隊や訓練された救助隊でもない限り、この急性期に出かけていっても食べ物を消費し排泄物の処理もできずにお荷物になる可能性があります。

また、献血は急いでする必要はなく、 鮮度の問題があるので、むしろ足りなくなるのはもっと時間がたってからです。 一度献血するとしばらく献血ができなくなって、本当に足りなくなったときに献血できない可能性があるので、必要な時期まで待っていたほうが良いそうです。

また、長期的な話になりますが、現地の産業復興のために、自分が物を買うときは宮城県産、岩手県産、福島産など被害のあった地域のものを注意して買うようにする、ということもできると思います。海産物や農産物が壊滅的な被害にあったと思われます。大災害ではあっても、必ず復興する動きがでてきます。ただ、時間がかかります。少しくらい高くても現地のために協力できることは協力していきましょう。人がその地で自力で生きて行くためには産業が重要です。

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昨日15時少し前だと思いますが、病院でパソコンに向かって手術記録を確認していると、ふわふわとめまいを感じました。数分持続したと思います。ただ、このめまいは私だけではなく周囲の同僚も感じていて、廊下に出ると患者さんや患者さんの家族も不審そうにしていました。皆が口を揃えて「めまいかと思った」と。

この揺れの振幅がゆっくりで普通の地震よりも長時間・複数回にわたって続き、嫌な感じの地震であると感じました。普通の地震のようにガタガタと揺れてすぐにおさまるというものではなく、私の直感ではどこか遠くの地震が時間をかけて伝わってきているのではないかと思いました。

テレビのニュース速報で東北地方の大地震であることが判明し、首都圏でも大きな被害が出て交通網が麻痺していることがわかりました。

父方の出身は福島県であり、親戚は東北地方に多く住んでいますし、私自身小学校時代には福島県郡山市に住んでいたことがあります。弟は東京で会社員をしています。

夕方、弟を心配した私の両親が弟の携帯電話に電話をしても案の定つながらず、メールで一応無事であることがわかりました。しかし、交通網が破綻しているので会社から帰れない状態であるということで無理に帰らないように伝えました。

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家族や家を失った方々の悲しみや喪失感ははかりしれませんが、その気持ちにできるだけ寄り添う努力が必要です。

そして、この未曽有の災難に際し、国力が低下したとき、自分が自分の持ち場で粛々と日常をこなしながらも国のために何ができるかを考えることが大事だと思います。現地に行くだけが全てではない、また逆にかわいそうだ、気の毒だ、と思うだけではなく一歩前に進むための何かがきっとあるだろうと思います。

一方で、この非常時に誰がどのような発言をし、どのような行動をとったかをよく見てよく記憶しておく必要があります。この事態に乗じる悪い輩がいるかもしれません(国内外問わず)。

まずは救出を、そして復興へ。 あたたかい気持ちで、かつ冷静な行動をとることが我々にできることではないでしょうか。

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