8月
06
2010
100歳以上のお年寄りが70人以上所在不明といいます。100歳以上のお年寄りがひとりで、社会と何のつながりもなく(介護も医療も受けず)生活できるとは思えないので、どこかで亡くなってしまっている可能性が高いのではないでしょうか。
家族も全く行方を知らないというのもよくわかりません。親兄弟が生きているか死んでいるかどこに住んでいるかくらい把握していないというのも変な話です。
子どもの虐待・ネグレクトも増えていますが、高齢者のネグレクト? も増えているんでしょうか。家族関係の希薄化ということで片付けて良いのか、場合によっては年金や祝い金の詐取などという犯罪も隠れているケースがあるのか・・・少なくとも、子どもや高齢者の安否確認はこれから行政や警察の重要な仕事になるのではないかと思います。
もともと個人情報保護法などにより個人の情報とかプライバシーが隠されすぎて、社会で安全に生活するためのネットワークが遮断されてしまっていると思います。ある程度どこに誰が住んでいて何をしている人かという情報がなければネットワークの構築は不可能です。
我々医師の立場からしても医師の守秘義務や個人情報保護法により、例えばがん検診で要精査となり精密検査を受けるように指示した受診者が最終的に癌であったのかどうかを追跡することができないため、検診の精度管理ができないということがあります。提供する医療の質の管理ができないというお粗末な事態です。
過剰な個人情報保護は百害あって一利なしなんじゃないでしょうか。そして個人の権利意識だけを肥大化させてますます家族とか社会といった人の輪から孤立させていくように思います。
6月
16
2010
本日、京都大学医学研究科社会医学系の医療評価に関する講義のディベートに参加してきました。
厚生労働省の医系技官の方が講師として招かれ、その指導のもと今年度の診療報酬改定の会議を模したディベートが開催されました。
今年度のポイントは詳細な明細書を発行することが義務化されたことで、この件について議論を交わしました。
診療側(医師会や病院代表など)、支払側(保険者など)、公益側の三者に分かれて意見を述べ合うというものです。もちろんディベートなので発言者個人の意見を問うものではなく、所属するグループの意見を代弁しなければなりません。
私は支払側のグループの隅っこでみんなの意見を聞いていたのですが、ジャンケンに負けて代表して発言することになってしまいました。
我々の意見としては
(1)患者(消費者)の知る権利の尊重
(2)過度の請求のチェックが可能である
(3)患者への教育効果
等を挙げました。原理主義的に言えば(1)には逆らえないはずです。
診療側の意見としては、
(1)時間及び金銭的コスト
(2)診療内容についての説明責任はあるが、明細書の内容についての説明責任はないのではないか
(3)レセプト用語がわかりにくい
(4)患者が特定の診療行為を拒否してしまい、最善の治療ができなくなる可能性がある
などという意見でした。
意見はまとまらず、公益側の裁定により、
(1)明細書の内容について問い合わせできる第三者機関を設ける
(2)インターネットで明細書内容を照会できるようなシステムを立ち上げる
ことにより、明細書発行義務化をすすめていく
ということになりました。
私も含めて支払側のグループに入った人たちの中には医師が数人いて、なんとなく診療側の意見にうなずいてしまい、強い反論ができない感じでした。ただ、患者の知る権利という原理原則には抗えません。
それにしても、自分の個人的な意見に引きずられずにディベートをするのは難しいです。こういうロールプレイの難しさを感じました。
4月
21
2010
アイスランドの火山噴火による大規模な航空便の欠航は、いろいろなところに影響を及ぼしています。
テレビを見ていると、高級チーズやノルウェー産のサーモンが輸入できないとか、観光客が帰国できないとかいうことを報じていました。
飛行機で帰国できない人たちはお困りでしょうが、個人的には高級チーズやノルウェー産のサーモンは生活必需品というものでもないかなというのが正直な感想だったのですが(もちろん取り扱っている業者の方にとっては死活問題でしょうけど)、その認識は甘かったです。
身近なところにも影響が出てきました。
ヨーロッパ方面から帰国できなくて足止めされている医師の仕事を急に割り振らなければならないという事態が生じています。また、放射性医薬品原料「モリブデン99」の輸入が停止しているために京大病院でもRI(核医学)検査が制限されています。日本は「モリブデン99」を全量輸入に頼っているということを私も初めて知りました。モリブデン99の半減期は66時間なので、船など時間のかかる輸送法ではだめなのです。
以前、医療材料の自給化の必要性について記述したことがありますが、生産そのものだけではなく、輸送ルートの確保が担保されなくなる可能性についても考えなければならないということが今回明らかになりました。
アイスランドの火山とRI検査
今まで全く結びつかない存在でしたが、グローバル化が進んだ現在、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な話がしょっちゅうおこりえます。命にかかわるような重要な物については複数の仕入れ先、仕入れルートを確保しなければならないでしょう。一企業が効率・コストだけを考えると最短・最速・最安を目指さざるを得ないでしょうからそのへんは国が主導で動かなければならないと思います。
3月
22
2010
日本の医師免許を持っていなくても、一定の技術がある外国人医師に日本国内での診療を認める制度改正を検討すると仙谷由人国家戦略相が表明したのだそうです。
日本の医師国家試験に合格しなくても診療可能にするということです。
日本の医療現場が疲弊して医療者の労働条件も悪化の一途だというのにあえて日本で医療行為をしたいという外国人医師がいるのか疑問です。いわゆる「スーパードクター」なる医師が出稼ぎにやってきて、おいしいところだけ持って行くだけではないかと思います。
それとも、日本の医師の給与はアメリカなどと比べると安いのでそのような「スーパードクター」が日本の保険診療制度のもとで満足できる報酬を得ることはできないかもしれません。優秀な医者が集まらずに本国で仕事に就けないような二流医師しか来ないかもしれません。
また、インドネシア人やフィリピン人の看護師や介護士には日本語習得を厳しく課し、それが高い壁となっていると聞きます。外国人医師にも日本語習得を厳しく課す予定なのでしょうか?日本人医師でさえ患者やコメディカルとのコミュニケーション不足が問題となっていまずが、外国人医師がどの程度コミュニケーション能力を発揮できるか・・・
「一定の技術」なるものをどのように評価するのか
日本語の語学力をどの程度求めるのか
今の医療体制・保健診療制度のもとでどのような仕事を任せるのか
そのへんを明らかにしていただかなければならないと思います。いかなる「国家戦略」のもとに思いついたアイディアなのか、語っていただかなくては。
2月
15
2010
医師に関して医師法があるように、看護師に対しても保健師助産師看護師法という法律があります。
第5条 この法律において「看護師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者をいう。
つまり、看護師の業務は
①傷病者および産褥婦に対する療養上の世話
②診療の補助
ということになります。
放射線技師、検査技師などは診療の一部である検査を専門的に担っていますが、療養上の世話をするわけではありません。
ナース・プラクティショナー(Nurse Practitioner)とは、日本では医師にしか認められていないレベルの医療行為が行える米国のコメディカル資格のことです。問診や検査の依頼、処方等を行うことが認められています。
医師不足が問題化する中、日本でもナース・プラクティショナーを導入しようとする声が高まってきました。上に挙げた看護師の業務のうち②に特化したナース、ということになるのでしょうか。
看護師さんたちは、①と②のどちらに重きを置いて看護師という職を目指したのでしょうか。人によって違うのでしょうか。
②に重きを置くなら前述したように放射線・検査技師もその専門家です。あえて看護師を目指したということは①の療養上の世話ということに看護師のアイデンティティを求めたのだろうと推察します。
一方で、「誰にでもできそうな行為における専門性」に対する評価は不当に低くなりがちです。家事や育児もそうですが、看護もそうです(昔から女性がその多くを担ってきた仕事です)。突き詰めれば奥の深い業務だと思うのですが。
日本でナース・プラクティショナーを導入するとすれば、注意しなければならないのは医師の補助的役割として「便利屋のように使われるだけ」にならないような存在意義を付与できるかということです。
現状の看護師は看護のプロであり、その領域は医師の業務範囲ではないので①の療養上の世話については医師よりも詳しく、医師が持たない技術を発揮できます。
しかし診療補助により特化したナース・プラクティショナーの場合は①の療養上の世話という業務を減らして診療業務に当たることになります。「医師の補助」という色合いが強くなってしまうのではないかと危惧します。
実は、私は女性医師がナース・プラクティショナー化するのではないかということも危惧しています。医師免許を持っているのですから、検査のオーダーや薬の処方、カルテの記載、診断書記載、書類の作成、もちろん診断や処置なども可能です。しかし、あくまでも他の医師たちが決めた治療方針に従う補助的な役割になってしまうのではないかと思っています。
仕事はある程度自律性がないと(特に専門職は)やりがいを見出しにくいのではないでしょうか。看護のプロである看護師が、今後何を目指していこうとしているのか注目したいと思います。
2月
13
2010
昨日、京大病院で爆発物騒ぎがありました。
外来診療 棟1階の男子トイレに「ダイナマイト5本 3時までに解除して」などと書かれた紙が張られたバッグがあり、大騒ぎになりました。
府警機動隊の爆発物処理班が調べたところ、中身は女性用下着や浴衣など衣類計16点が入っていました。府警は悪質ないたずらとみて威力業務妨害容疑で調べていると報道されています。
この騒ぎで、外来棟の患者やスタッフら約500人が一時避難し、東大路も通行止めになりました。不審物があったトイレ近くの通路を閉鎖することとなりましたが、この通路は外来と病棟をつなぐと通路であるため外来と病棟の行き来が一時まったくできなくなりました。
爆発物処理班が作業を始めた午後2時半ごろから約1時間、すべての外来診療を停止して、患者や職員、医療スタッフらは病院東側の東大路通に避難することになりました。外来棟にいたドクターも病院の外に出て遠回りして病棟や検査室に戻ってくるなどたいへんな目にあいました。職員食堂や院内のコンビニに行けないために、昼食はカップめんというドクターもいました。
それでもドクターはまだいいほうで、一度外来に来て検査に回る予定だった患者さんが検査室のほうに来られないとか、病棟に入院中の患者さんで他科の外来を受診予定だった人が外来棟に行けないために受診できないとか、入院中の患者さんの家族でドクターと面談予定だった人が駐車場に入れなくなったとか、本当に大迷惑でした。
悪質な「いたずら」で済む話ではありません。
病院としても経営上の損失が出ていると思いますが、患者さんの損害は計りしれません。
まったくけしからん話です。れっきとした犯罪であるにもかかわらず、「いたずら」などという軽い言葉で言い換えてしまうと軽微な犯罪のように聞こえますが、れっきとした重大な犯罪だと思います。
病院の安全管理も「テロ」までは想定していません。封鎖された通路も、病棟への薬剤搬送ルートになっているそうですが、万が一のために重要なルートは2とおり用意しておかなければならないのかもしれません。それにしても、病院というのは建て増し建て増しで作られていますのでスマートなルート作成はなかなか難しそうです。
2月
07
2010
日本では、医療へのアクセスはほとんどフリーに近い状態です。受診したいと思えばたいていのところでその日のうちに受診可能です。待ち時間が長いということはあっても、基本的に医者に診てもらおうと思えばその日のうちに診てもらえます。診療時間外でも時間内と同じように診てもらって当然と思っている方々も一部におり、いつでもどこでも医療にアクセス可能であるべきというのが社会の暗黙の了解事項なのでしょう。
さて、一方でコストはかけたくない、医療費が増えるのはよくないと思っている人も多いようです。診療報酬を増やすこともなく、医師や看護師の配置を増やすとか当直料、時間外手当をきちんと支払うとかいうこともずっと怠ってきました。医師の長時間連続勤務を当然のように放置してきました。
アクセスが自由で、医療費が出来高制であれば医療費がどんどん増えるのは当然なのですがその自明の理をなかなか認めていただけないようです。
さらに世間は医療にクオリティを求めます。医師に診てもらってさえいれば、病院に通院してさえいれば、すべての疾患についてチェックしてもらえて、すくなくとも病気で死ぬことはないと大いなる勘違いをしているのではないかと思うくらいです。人は必ず死にます。医療はそれを少し先延ばしする「可能性がある」というだけです。過剰な期待はよくありません。
医療費を減らすには、国民が医療へのアクセスが不便になることか医療のクオリティが下がることを受容しなければなりません。コストは減らしたいが、利便性と質は維持したいというのはどだい無理な話です。日本の医療も崩壊しつつありますが、医療文化もおかしくなってしまっています。日本人の健康観、疾病観、死生観が変な権利意識によって崩壊してしまったのではないかと思います。医療文化の立て直しが医療の立て直しに先んじて必要ではないかと考えています。
12月
27
2009
先日、80歳代の現役開業医のお話をうかがう機会がありました。
医療制度で後期高齢者、という区分ができて物議をかもしたけれども、高齢の医師(例えば70歳以上など) を対象にした継続的な教育の機会も必要だ。
もちろん医師会などで生涯教育なるものがあるので参加している。しかし、研修医なども参加していて高齢の医師だけをを対象にしているわけではない。高血圧、とか糖尿病の話が多いように思う。また、必ずしも「最先端」の話である必要はない。
例えば、「化学療法」といえばいまや癌に対する抗癌剤治療をさすことがほとんどだが、かつてはサルバルサンによる梅毒の治療など、抗菌剤による感染症の治療を指すものであった。こういう用語の変化というものについて教えていただかないと困る。
また、患者さんを大きな病院に紹介して治療をしてもらう場合、見舞いに行っても一般人と同じ扱いなので、実際に行われている治療を見たり聞いたりすることができない。退院後の患者さんに尋ねても素人なので細かいことまでは把握しておらず、 物足りない。
・・・・・・
我々は教育を重要視していますが、まさしく大先輩のドクターも同じご意見であったというのは興味深いです。もともと医者には向上心の強い人が多いと思うのですが、60年も医者をやっていて、なお新しい知識を身につけたいと望んでおられるのは素晴らしいと思いました。
生涯教育の真の在り方について考えてみようと思います。
12月
03
2009
本日、次回のかもがわ漢方研究会についてツムラの担当者と話をしてきました。例の事業仕分けで漢方薬が保険から外れるかもしれないという事態を受けて、どうなるのか少々心配ですね、と話しつつも我々は前に進まなければなりません。
実は京大病院では漢方薬を全く院内採用していません。処方するためにはそのための書類を書かなければならず、多忙な医師にとってその手間は高いハードルになっています。
慶応大学では大腸癌の術後クリニカルパスで大建中湯が入っているので、ルーチンで処方されています。在院日数を短縮できるので医療費削減につながるといわれ、漢方の保険はずしはその流れに逆行するものです。
ところで、今度は2月か3月ごろに次回かもがわ漢方研究会を開催することになりました。科を限定せずに、広くいろいろな科の医師に参加してもらってディスカッションしつつ漢方の輪を広げていこうという趣旨です。
よろしくお願いします。
11月
30
2009
本日、大谷高校に出張講義に出かけてきました。
少人数制の総合学習で、高校1年生が自分たちの興味あるテーマについていろいろ調べたり、そのテーマに関する専門家の話を聞いたりするというもので、今後ポスターセッションも予定されているということです。
癌の治療法について(粒子線治療に興味がある)。
産婦人科の体制と妊婦の負担(妊婦のたらい回しの現状について)。
産婦人科医不足(産婦人科にならない理由)。
どの程度の予備知識があるのかよくわからなかったのでいくつか生徒さんに質問させていただきました。
生徒さんたちの反感を買っていなければよいのですが。
なぜこのテーマを選んだのか。
そのテーマについて現時点で調べたことについて。
そのテーマについて自分たちはどう考えているのか。
時間が短くてあっと言う間でした。ディスカッションになると面白かったと思いますが、そういう盛り上がりに至るにはちょっと時間的に厳しかったです。高校授業時間ひとコマですから、仕方のないことですが。
なかなか面白い試みだと思いました。
若いころは時間というものが無限大にあって、多くのものを無条件に与えられるのは当然と思いがちです。私もそうでした。しかし、実はそれは正しくないということを学んでいっていただきたいと期待しております。
さしあたっては、物事を調べる手段(今はインターネットが中心になるのでしょうか)を身につけ、自分で調べれば済むことと先達に聞かないと解決しないことを区別して効率よく疑問点を解決していく方法論を身につけるのがよいのではないかと個人的には考えています。
それにしても、「科学コミュニケーション」の難しさを肌で感じました。専門家の声を一般の人に(大人であれ子どもであれ)伝える方法論の確立、という我々の会の目標にはまだまだ道のりが遠いということです。私も全く未熟です。
さらに我々は教育の重要性についても強く認識しています。鉄は熱いうちに打て、です。
機会あればまた科学コミュニケーションの実践にチャレンジしたいと思います。