2月 07 2010

アクセスとコストとクオリティ

Published by admin under 未分類

日本では、医療へのアクセスはほとんどフリーに近い状態です。受診したいと思えばたいていのところでその日のうちに受診可能です。待ち時間が長いということはあっても、基本的に医者に診てもらおうと思えばその日のうちに診てもらえます。診療時間外でも時間内と同じように診てもらって当然と思っている方々も一部におり、いつでもどこでも医療にアクセス可能であるべきというのが社会の暗黙の了解事項なのでしょう。さて、一方でコストはかけたくない、医療費が増えるのはよくないと思っている人も多いようです。診療報酬を増やすこともなく、医師や看護師の配置を増やすとか当直料、時間外手当をきちんと支払うとかいうこともずっと怠ってきました。医師の長時間連続勤務を当然のように放置してきました。アクセスが自由で、医療費が出来高制であれば医療費がどんどん増えるのは当然なのですがその自明の理をどうしてわかっていただけないのでしょうか。さらに人は医療にクオリティを求めます。医師に診てもらってさえいれば、病院に通院してさえいれば、すべての疾患についてチェックしてもらえて、すくなくとも病気で死ぬことはないと大いなる勘違いをしているのではないかと思うくらいです。人は必ず死にます。医療はそれを少し先延ばしする「可能性がある」というだけです。過剰な期待はよくありません。医療費を減らすには、国民が医療へのアクセスが不便になることか医療のクオリティが下がることを受容しなければなりません。コストは減らしたいが、利便性と質は維持したいというのはどだい無理な話です。日本の医療も崩壊しつつありますが、医療文化もおかしくなってしまっています。日本人の健康観、疾病観、死生観が変な権利意識によって崩壊してしまったのではないかと思います。医療文化の立て直しが医療の立て直しに先んじて必要ではないでしょうか。

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2月 02 2010

外科医を続ける

Published by admin under 女性医師のキャリア

日経メディカルオンラインの記事で、「私たちが外科医を続けられた理由」というのを見て、驚いたことがあります。ある女性外科医が、朝6時半に家を出て、帰宅も11時以降のことが多く、1カ月くらい子どもに会えないときがあり、そのときは子どもたちが情緒不安定になったと語っておられることです。確かにそういうフルタイムの外科医も少なくはありませんが、かといって、母親が1か月も子どもに会えないというのはやはり家庭生活として厳しいと感じます。父親なら構わないというわけでもなく、そういうワークライフバランスってやはりまずいんじゃないか、と感じました。超人的な意思で勤務を続けてこられたと推察します。そういう超人的パワーや、理解のありすぎる配偶者に恵まれたことを「外科医を続けられた理由」として語られても、その話を聞いてあえて外科をめざそうと思う人はいないのではないかと思ってしまいました。

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2月 01 2010

読書

Published by admin under 医者の生活

読みたい本をどんどん購入して山積みにしてありますが、なかなか読む暇がありません。斜め読みだけでもしたいのですが・・・

 Amazon プライム会員(年会費3900円)なので、ワンクリックであっという間に買い物ができてしまい、翌日には手元に届いています。1500円以下の商品でも送料がかからないのでついつい1冊単位で本を購入してしまいます。便利すぎます。

 Amazonの策略に引っ掛かっている気がしますが、おかげで読むべき本が山積みです。忙しくて本屋にも行く暇がないので、本が手元にあるというのはうれしいことですが、手に入れただけで満足してしまっていては実にまずいです。

 専門書を読むことも必要ですが、一社会人としての教養を身につける必要もあると思っています。時間のある学生の時代にもっと読むべき本があったなあと反省しています。

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1月 31 2010

勉強し続けるということ

Published by admin under 救急

今日、小松秀樹氏の「医療崩壊-「立ち去り型サボタージュ」とは何か」を読んでいて、自分の不勉強を思い知りました。

小松氏は、慈恵医大青戸病院事件(腹腔鏡下前立腺全摘除術の際に輸血の遅れによると思われるショックで患者が死亡した)に関して、緊急時にはO型の赤血球濃厚液を交差試験なしに輸血できる(この患者はAB型だった)ことを病院が周知徹底していなかったことを問題視していました。担当の麻酔科医も思いつかなかったのはおかしい、とも。

私も昔習ったのですが、とっさの事態に思い出して実行できるほどの知識として身に付いてはいないと感じました。

研修医時代に麻酔科をまわっていたとき、AB型の患者の手術で大出血をしてAB型の追加の輸血がなかなか届かなくて大変な思いをしたことを思い出しました。幸いその患者さんは死亡には至りませんでしたが、かなりぎりぎりのところだったと思います。そのときもO型輸血は思いつきませんでした。たぶんその場にいたほかの医師も思いつかなかったと思います。後日のカンファランスで他の医師からO型輸血のことを指摘されましたが、あとになって冷静な状況ではなんとでも言えます。

知り合いの麻酔科医に聞いてみました。さすがに、O型輸血のことは知ってはいるけどできればやりたくない(そんな修羅場手術にはなってほしくない)という返事でした。

修羅場はくぐりたくないけれど、修羅場でどう対処するかということは常に勉強しておかなければなりません。そして、それがとっさの場面で生かされるのかどうか・・・現場は厳しいです。パニックになった頭から知識を引き出せるのかどうか・・・自信を持ってYESと答えられないのがつらいところです。そういう修羅場には近づかないようにしよう、という消極的な判断が働くのが現実かもしれません。

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1月 29 2010

風邪続報

Published by admin under 漢方, 感染対策

銀翹散は咽頭痛に有効で、咽頭の症状はなくなり、鼻閉のみが残っています。
鼻の症状だけならなんとかなりそうです。

それにしても、RSウィルスが巷ではやっているようです。小児、特に乳幼児に多く見られるもので、乳幼児では急性細気管支炎、肺炎などの重い呼吸器症状をおこしやすいウィルスです。
・・・・
特別有効な治療はなく、あくまでも対症療法になります。

結局風邪って寝て治すしかないんですね。

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1月 28 2010

風邪をひきました

Published by admin under 漢方

家人にうつされたと思われる風邪をひきました。まずはのどの違和感から咽頭痛に変わり、鼻閉に至りました。咽頭痛は昨夜耳への放散痛をきたし、このままでは熱が出るのではないかと危惧しました。私の場合、咽頭痛で始まる風邪のときはしばしば熱が出ます。

常備薬の銀翹散を飲んで寝たところ、咽頭痛自体はなくなりました。鼻からのどにかけての浮腫っぽい感じはとれませんし、鼻閉による呼吸困難はいかんともしがたいのですが、咽頭痛が軽快したことで発熱しそうという感覚が和らいだ気がします。

銀翹散の成分はキンギンカ(金銀花)、レンギョウ(連翹)、キキョウ(桔梗)、カンゾウ(甘草)、ハッカ(薄荷)、タ ンズシ(淡豆豉)、ゴボウシ(牛蒡子)、タンチクヨウ(淡竹葉)、ケイガイ(荊芥)、レイヨウカク(羚羊角)の10種類の生薬の組み合わせです。

銀翹散は、清の時代の「温病条弁」という書物に記載されている漢方薬です。鎖国をしていたため、日本には入ってきていなかったのであまり知られていません。

一方、有名な葛根湯は漢の時代に作られた「傷寒論」に記載されています。より古くからある処方、ということです。

先日は小柴胡湯加桔梗石膏を飲んだと記述しましたが、どちらが効くか、とか使い分けについてはもう少し検証したいと思います。少なくとも、咽頭痛に至った風邪には葛根湯は遅すぎるような感じです。

そうそう、夜更かしは風邪によくないのでもう寝ます。これが一番の薬です。

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1月 26 2010

京大病院の医師構成

Published by admin under 京都大学

京大病院の医師数は平成22年1月1日現在632人で、うち女性医師 は125人で19.7%を占めています(人事掛調べ)。
常勤(助教以上)33人 ( 329人中)・・・10.0%
有期雇用(非常勤)(医員及び研修医)92人 (303人中)・・・30.3%
となっています。

ちなみに平成21年2月に同様の調査をしたところ、
全医師 656人中女性医師 は132人 (20.1%)で、

常勤 33人 ( 348人中)・・・9.5%
有期雇用 (非常勤) 99人 (308人中)・・・32.1%

でしたので大きな変化はないようです。病院全体の2割が女性で、常勤に限ると1割で、非常勤は3割強、といったところです。

私は平成11年卒ですが、この年は医師国家試験に占める女性の割合はまだ3割を超えていませんでした。近年はずっと3割を超えており、病院全体の女性医師の割合ももう少し増えていく可能性があります。

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1月 23 2010

家事・育児とは

医療ガバナンス学会が発行しているMRICというメルマガがあります。いろいろな医療問題について様々な立場(そのほとんどは医師ですが)から投稿された内容になっています。

前回今回は横浜市大学附属病院神経内科の鈴木ゆめ教授の投稿でした。

前回は女性医師をはじめ、フルタイムで働く女性にとって最大の課題は、「家事」「育児」であり、これらの業務を得意とする人たちに代行してもらうことは社会全体の分業であり、雇用も内需も拡大する可能性があるという主張でした。

しかし、この主張はとある大手新聞社に掲載予定の原稿だったにもかかわらず、結局没になってしまったというのが今回の話題でした。
内容が問題なのではなく、医学部教授という社会的な成功者が「お手伝いさん」に関して云々すると読者から強烈な反発がくるという理由だそうです。

担当の記者は頑張って抵抗してくれたそうなのですが、最終的には没にされてしまったということです。この原稿を没にしたその新聞社の上層部は様々なプロフェッショナルの仕事の中でも家事や育児をプロとする職種を心のどこかで軽く見ている可能性があります。効率を考えて様々なサービスをその分野のプロにアウトソーシングするのは企業であれ個人であれ当然の判断だと思うのですが。
この新聞社だっていろいろな業務をアウトソーシングしていると思います。会社の掃除など、清掃会社に委託していないのでしょうか?

一部でも家事や育児をアウトソーシングすることで我々女性医師が勤務を継続できるのであれば、家事代行であれベビーシッターであれ保育所であれ託児所であれ、感謝しつつその道のプロを利用させていただきながら粛々と勤務を続けていくだけのことです。女性医師が仕事をやめてしまう(もちろん心から望んでそうするのなら構わないのですが)よりは人材の活用、雇用や内需の拡大につながるというのも論理的に何の問題もないと思います。

件の新聞社はもしかすると 「家事や育児といったunpaid workそのものを軽視している」のかもしれません。少なくとも読者の反発を招くのを不必要に恐れて現実を直視することから逃げているように思われます。

教授(あるいはそこに至る過程の女性医師)がお手伝いさんを雇うのは社会的に反感を買うことなのでしょうか?教授に至るまでの過程ではかなりの業績を上げてきたと推察しますが、その激務のなか、家事や育児を一部外部委託することに何の問題があるのか私には全く理解ができません。 仮に一部の読者に反感を買ったとしても、

「そこまでしなければ医師としての勤務を継続しがたい」

「そこまでしても勤務し続けたいと考えている女性医師がいる」

「いまだに女性が家事や育児の多くの部分を負担せざるを得ず、それは女性医師の家庭においても同様である」

という事実を伝えることは必要だと思います。

実際のところ、保育料や家事代行・ベビーシッターの費用を考えると一般の勤務医の給料ではワーキングプアに陥る可能性があります。働いてもお金は手元に残らず、家事や育児を手伝ってもらうための費用をかせぐために働いているようなものだと話す女性医師をたくさん知っています。

医者の給料が高いと思っている人は世の中にたくさんいるようですが、少なくとも勤務医でそんなに多く稼げるものではありません。給与明細をよく見ると、基本給はさほど高いものではなく、時間外手当等でかさ上げされており、時間的に制約のある女性医師はそんなに高給取りではありません。

私自身、家事や育児といったunpaid workに時間と労力をとられ、その一部はアウトソーシングしながら(1日2時間30分、ベビーシッター兼家事のお手伝いをしてくれる方をお願いしています)も同僚の医師と同じようには働けないのです。そうして得た給料はそのまま家事・育児のアウトソーシング費用に消えていきます。

それでも医師として勤務し続けることに誇りを持って何とかやっています。第一線の現場の片隅に何とか踏みとどまろうと頑張っているところにこういう新聞社があると聞くと気持ちが萎えてしまいます。

家事、育児も自分でしかできないところと外注できるところを上手にわけて、割り切ることを後輩の女性医師には勧めたいと思います。自分が2人に分裂できない以上、誰かに仕事を分担してもらうのは仕方のないことではないでしょうか。

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1月 16 2010

医療社会学概論

Published by admin under 研究活動

医療社会学についてのお勉強を始めました。

医療社会学は、第2次世界大戦後のアメリカにおいてmedical sociologyとして成立し、1950年代に急速に発展した社会学の一分野です。1959年にアメリカ社会学会に医療社会学部会が創設されるに至っております。

1960年代までにヨーロッパ諸国でもやや遅れて同様の発展を遂げていますが、基本的にはアメリカが世界の医療社会学をリードしています。特に、アメリカの著名な社会学者パーソンズが1951年に『社会体系論』において病気と医療を社会と関連付ける理論を明らかにしたことがその後の医療社会学の発展に大きな影響を与えています。

医療社会学にも二つの潮流があります。

医療における社会学(sociology in medicine)
医学・医療の側からの健康・病気の心理社会学的要因や保健・医療の制度や政策への関心に対し、社会学の理論や方法を役立てる傾向にあります。

医療を対象とする社会学(sociology of medicine)
社会学の側の関心やモデルに基づいて健康と医療の世界に入るため、医師・患者関係などの人間・社会関係や、価値・組織・制度・政策などのシステムを対象にする傾向があります。

「医療」+「社会」学なので、どちらの領域からアプローチするかの違いだと思います。私は医者なので医療における社会学のほうの立場になるのでしょう。

医療社会学が扱うテーマとしては、
疫学、精神、身体、社会の相互作用、代替療法、保健医療の提供と社会政策、疾患の独特な社会的分布、病気を生む社会的物的環境、医療従事者の社会組織、医療産業、医療財政、個人の責任と健康、予防医学
など多岐にわたります。

日本では欧米諸国と比較して研究者の層も薄く、研究も少ない状況にあるので、この領域で頑張ればいろいろな業績を生み出すことができるかもしれません。

日本の医学・医療界は閉鎖的で他分野からの参入に拒否的(と思われている)であることや、日本の大学の社会学コースにおいてこのテーマの講義はほとんどないことから社会学の研究者でも医療社会学を目指す人はあまりいないようです。医学・医療のほうからも社会学的な思考・研究手法を学ぶ機会はほとんどありませんので医学・医療界から社会学に手を広げようという人も少なそうです。

私がグローバルCOE「親密圏と公共圏の再編成をめざすアジア拠点」や女性研究者支援センターの方々と京大病院の医師に関する調査研究を始めた際にも、「病院の実情は外からは全くわからないし、手をつけることができなかった」とどなたかに言われたことがあります。閉鎖的に見られているというのは本当かもしれません。

疾患を細かく遺伝子や分子レベルで見るのも必要ですが、社会との関連性という大きな枠組みで疾患をとらえる視点も重要ではないかと考えています。

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1月 12 2010

ビリーズブートキャンプ

Published by admin under アンチエイジング

ブルーレイディスクレコーダーを購入したので、ついうれしくなってしまいました。数年前に流行した際に購入したビリーズブートキャンプのDVDを見ながらエクササイズをしてみました。

以前は負荷をかけるためゴムバンドをつかってトレーニングしていたのですが、久々のエクササイズはかなりきつく、バンドなしにもかかわらず途中でダウンしてしまいました。今日はかなりの筋肉痛です。

以前通信販売番組で見かけて衝動買いしてしまいましたが、たしかにこのエクササイズを継続できればかなりのトレーニングになるでしょう。実際私は腹直筋が縦に見えていました。2度の出産を経て今は見る影もありませんが。

これは全く運動を普段やっていない人がいいきなり始めるとかなり危険かもしれません。以前私が始めたときは自転車で有酸素運動のトレーニングを積んでいましたので、そんなに強い負荷とは思いませんでしたが・・・

京都から伊賀まで約60キロの道のりを自転車で3時間かけて走っていました。かなりのアップダウンでそれなりに有酸素+筋トレになっていたと思います。

久々のビリーズブートキャンプはそんなストイックな昔を思い出させてくれました。つい数年前のことなんですけどね。 エクササイズもやりすぎは害になるのでぼちぼちと無理をせずやっていこうと思います。

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